サラリーマン時代、イギリス本社から来た社長がいた。その英国人は呑みが好きだったが、ある時「日本人は朝、電車の中で日経を読んでいるが帰りの電車では女性の裸が堂々と出ている新聞を読んでいる。どうして朝と夜(夕)ではそんなに変わってしまうのか?」的なことを訊かれたことがある。確かに英国で例えれば朝の通勤に「フィナンシャルタイムス」を読んでいる人間が帰りは大衆紙を読んでいるということになるが日本の夕刊紙は風俗エロがお約束なのでポルノ雑誌を車内で読んでいる風に見えたのであろう。まさに不思議な国、日本の象徴であったかもしれない。
そんな夕刊紙(新聞全体)を購読する人も少なくなり、電車内で読んでいる人はひと車両を見渡しても一人いるかいないかいう状況までになってしまった。そして1月31日をもって夕刊紙の代表とも云える「夕刊フジ」が休刊(廃刊)となった。これで首都圏で夕刊紙と云えるのは「日刊ゲンダイ」と「東京スポーツ」の二紙のみとなった。最後はゲンダイがフジに惜別広告を全面で、そしてフジもゲンダイへ御礼の広告を出し、さながら惜別のエール交換のようであった。
ライバル紙でありながら共存共栄の関係であったフジとゲンダイ。右と左で主張は異なるが政治スキャンダルなどを中心に切り込むという点、また競馬と昔はエロ風俗に力を入れていたというのは一緒でまさに会社帰りのお父さんにとって日課だったのではないか。国内最初のタブロイド紙というのも満員電車を意識したもので画期的である。
私はゲンダイ派だったがフジも読んでいた。そして東スポはプロレス好きなので小学校5年生からお世話になっていた。当時はフジ、ゲンダイ、東スポ、内外タイムス(スポーツ)、ディリー夕刊、レジャーニュース(週3回発行?)、硬派の「東京タイムズ」など夕刊紙全盛であった。電車の中で読んでいる新聞を見てその人のカラーが読めたりしものだ。
そういえば仕事帰り、キヨスクで東スポを買って帰る姿を直属の部長に見られたことがある。翌日、「O君、ああいう新聞読むの」とブランド志向であった部長にイヤミたらしく言われたこともあった。
実はフジとゲンダイはライバル関係でありながら共生の関係であった。駅への配送はコスト削減のため東スポも含めて共同で実施。また新しい夕刊紙が登場するとキヨスク(JR駅売店)に置かせないために圧力を掛けるなどして3紙は牙城を守ってきた。
以前、「日刊アスカ」という夕刊紙が創刊され、たまたま勤務先の取材を受けたことがあるが、元気のなかった記者から「フジ、ゲンダイの力が強くて私鉄駅とコンビニしか置けず廃刊します」と帰り際に言われたことを思い出した。確か3か月ぐらいで潰れたのでは。当時は女性向けの夕刊紙も登場したはず。ちょうど「オヤジギャル」なる流行語が出た頃だがこちらもあっという間に消えた。
最近、東スポも大幅リストラを敢行、餃子を売ったりと夕刊紙は苦難の時代に突入している。10年前までは必ず買っていた夕刊紙だが滅多に手にすることがなくなった。駅やコンビニで買っているのは高齢者が殆ど。
フジもかつては良質な記事も多かったがいつのまにか「WILL」や「HANADA」のようなネトウヨおじさん向けの内容に。売るためには仕方がなかったのか上からの政治的圧力か?
夕刊フジネット版のZAKZAKはリニューアルして残るようだが有料ニュースはきびしい。相棒を失い配送料などで経営がきびしくなるであろうがゲンダイには五木寛之氏が連載できるうちは続けていただきたいと思う。
冒頭、朝の通勤電車で日経、夜は女性の裸が出ている夕刊紙を同一人物が読んでいることが外国人から奇異に映る光景について述べた。その現象、サラリーマンの元気がなくなり、日本の衰退と足並みを合わせるように新聞媒体、特にスポーツ紙や夕刊紙の衰退が起きている気がする。紙媒体の衰退は世界同じであるが、日本の夕刊紙はサラリーマンの象徴でもあるので感慨深いものがある。
黙々と車内でスマホを見ている昨今、昭和の満員電車の時代、窮屈な姿勢で新聞を折り曲げ、読み漁っている姿に今とは違うバイタリティーを覚えたりする。時代と共にサラリーマンも変質、かつては「飲・打・買」を記事にしていたものが時代に合わなくなった。ネットに読者を奪われたことだけが衰退の理由ではなく、コンテンツと時代が合わなくなり、ミスマッチを起こして、いつのまに高齢者ご用達紙になってしまったような気がする。
後付けだが、1月31日付で朝刊紙だが「東京中日スポーツ」も休刊(廃刊)となった。通称「トーチュー」。他スポーツ紙より10円安かったがドラゴンズファンでもなく、F1などモータースポーツやFC東京のサポーターでもなかったのであまり手にすることはなかった。F1全盛期は部数も出ていたようだがよくここまで持ったという感じだ。
今回、休刊(廃刊)となったフジと東中スポーツは駅売りが中心だが、これがきっかけで新聞全体の退潮がいっきに進みそうな気がする。夕刊紙は駅売店の数が減っており、購入機会そのものが減少。一般紙も宅配制度をいつまで維持できるか?
有料web版に活路を見出そうとしているが、その間、記事の劣化(記者の劣化)が目立つ。ネットはプロとアマの境界線をなくしてしまったというが、ネットニュースを見ているとそれを実感する。
